私のロマンス

映画とか、ゲームとか。

原題は『WE ARE WHAT WE ARE』。それが、肉て!
意味や理由などはなく、私たちは私たちなのだ。



物語は、嵐の日に母親が亡くなったシーンから始まる。
何らかの病気にかかっていたようで、血を吐いて倒れた拍子に頭を打ってしまい、そのまま帰らぬ人となってしまう。

残された家族は、敬虔で厳格な父と、そんな父に怯える様子の美人姉妹と、まだ幼い弟。

その日は、“子羊の日”の二日前だった。



ざっくりネタバレすると、毎年の儀式(?)である“子羊の日”とは人肉を食べる日なのである。

調理などもろもろを一手に引き受けていたのが亡くなった母だったのだが、その仕事は年長の女性というしきたりがあるのか、次にそれを任命されたのは長女である姉のアイリスでした。

責任感と恐怖の板挟みになって今にも死にそうな姉と、それを心配するアンチ人肉食の妹ローズ。



そもそも、彼らはなぜ人肉を食べるのか。

それは遡ること100年以上前、彼らのご先祖様から始まったもので、その時代、飢餓に苦しんでいた彼らは、生きるために人を食べた。

そして今、先祖を敬うためか、食べられることに感謝せよという教訓なのか、その行為は代々受け継がれている。



毎年そうやって犠牲者を選んでは地下牢に監禁して、事が済むと遺体は埋めている。
だが、嵐のためあちこちで土砂崩れが起こり、遺体を埋めていた場所からは無数の骨がむき出しになり、次々と川に流れていってしまい……。


そうしてどこぞへ流れ着いた小骨を、偶然、一人の老医者が発見します。
この男性医師はもともと家族の知り合いであり、過去には娘が行方不明になっている。
まさかこの骨は、と考えた医者は骨を持ち帰り調べ始めます。

亡くなった母親の検視もこの医者で、母親がかかっていた病気を調べるにつれて、見つかった骨についてのとある可能性も見えてくる。


母親はクールー病という奇病にかかっていた。その病気の感染・発症の原因は食人行為と言われており…。
骨は家族の住んでいる土地あたりで見つかったということもあり、家族を怪しく思い始める医者。



遺骨が出てきたり医者に怪しまれたりして、家族の長である父は、事が明るみに出る前に、人肉シチューにヒ素を盛って一家心中しようとします。
それに気付いた妹は、幼い弟が犠牲になる寸前で父に初めて逆らいます。

そして静まり返って気まずい食卓の席に現れるのは、疑念が確信へと変わったあのお医者さん。

父親の手の震えを見て母親と同じ病にかかっていることを確信した、「娘を食べたのか」という言葉の重みが、すごい。


父と医者はおたがいに持っていた銃で撃ち合い、おたがい生きてはいたものの、ほぼ共倒れ。

ふらつきながらも立ち直った父親は、子どもたちまで殺すのではないかと思えるほどの恐怖。

しかし次の瞬間、父親に「愛してる」と告げてその首に食らいつく妹の姿が。
姉も父の腕に食らいつき、姉妹はまるで獣のように父を食べるのです。

今までの恨み辛みと言わんばかりの行為。
それが食人というやり方だったのは、父にとっての因果応報とも言えるし、結局は“私たちは私たち”という変えられない生き方のせいかもしれない。

医者には、彼の娘の物だった髪飾りを返して、姉妹と幼い弟は新たな場所を求めて旅立ちます。




追伸

・ホラーというよりはサスペンスな感じ。R18+なのは、描写ではなく内容が内容だからなのでしょう。
・姉役の女優さんがすごい。終始死にそうな顔で、不安を煽る。
・妹役の女優さんは劇中では14歳と言われていた。マジかよ!
・姉と一瞬だけ恋仲になる新米警官の「こいつ死にそうだな」感もすごいです。
・姉妹は日本語吹替だと豊崎愛生さんと米澤円さん。彼女たちのファンは、こういう映画を観るのでしょうか。

・父ちゃんすげぇ自己チュー。あれやってこれやって、ばっかりで、そりゃあこうなるよね。
・「娘を食べたのか」という台詞の重み。映画を観ていて久々に息が詰まった。
・姉妹たちはこの行為を続けるのか?とも思わせるエンディングですが、彼女たちは罪を背負って健気に生きていくんじゃないかと私は思いました。

・家族の家や生活風景が全体的にクラシカルな雰囲気のなか、時々シリアルや携帯電話などが出てきて、過去を重んじる家族(というか父)と現代の文明がいい感じに切っても切り離せなくて、いい感じ。
・はたしてご先祖様は、子孫にも自分たちのようにしてほしいと思っていたか?まともな人間なら、ましてや自分たちの子ならば、そんな思いはさせたくないはずだが。
・しかし先祖の代からずっと続いてきて誰もやめなかったのだから、単に背徳の味をしめただけかもしれない。

・とにかく『肉』って邦題がすごい&ひどい。いつも思うけど、なぜわざわざ邦題をつけるのだろう。